興味深いことに、同じ記憶術においても、西洋と東洋とでは、まったく異なった進化を経てきました。
そのルーツは、たとえば、日本においては、古事記の編纂者として知られる稗田阿礼(ひえだのあれい)に、
西洋においては、ギリシアのシモニデスの故事に遡ることが出来ます。
特に、「紙」という記録メディアが発明される前の時代においては、当時の人々の記録は、すべて、卓越した記憶術を持つ個人の技能に頼っていたわけです。
そうした能力に長けた人の名が、現代にまで伝わっているという事実は、彼らの能力がどれほど優れていたかを雄弁に物語っているともいえるでしょう。
たとえば、稗田阿礼は、当時、天武天皇に舎人として仕えていた人ですが、28歳でありながら、一度目や耳にしたことは決して忘れなかったそうで、その記憶力の良さを見込まれて『帝紀』『旧辞』等の誦習を命ぜられたとのことです。
あの『古事記』は、稗田阿礼が暗誦する『帝紀』『旧辞』を太安万侶(おおのやすまろ)が筆録ことで、史書を編纂されたものですが、あの情報量をすべて記憶していたとは、まさに驚きの記憶力です。
一方、古代ギリシアのシモニデスは、ある宴会の席で彼が中座した後に、天井が崩れ落ちるという大事故に遭遇した時に、その特殊能力を発揮しました。
なんと、彼は、その事故の直後に、宴の座席とそこに座っていた人間とを対応させて記憶する「座の方法」により、瓦礫の下敷きなった大勢の人々の身元を特定することが出来たそうで、そうした偶然の大惨事に遭遇したことにより、後世に名を残したのです。
こうした特殊能力に秀でた古代の先人たちにあやかりたいという思いから、記憶術は、一種の「脳トレ法」として、我々の祖先から連綿と受け継がれてきたのです。
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